ハタチ。
羅瀬 檀


年明けからここのところ、寒い日が続いている。
今年新成人を迎える涼介は会場に向かう準備のため、クローゼットの扉の内側にある鏡で身支度を整えていた。
まだ留められていない第一ボタンの向こう、首筋に赤みが見えた気がして、それを隠すようにさっさとネクタイを締めた。
クローゼットの脇、はめ込むようにして置かれたベッドの上でまだ素肌のままの啓介が眠りを貪っている。


ゆうべ、両親はそろって珍しく非番で、涼介の成人を祝うため近くの父のお気に入りのフレンチレストランまで食事をしに出かけた。
進められるままにワインを飲んだが、啓介は一人だけ未成年だから、とノンアルコールのドリンクでごまかされた。
それが面白くなかったと見えて、両親が寝静まった頃、涼介の部屋へ缶ビールを持った啓介が訪れた。
「まだ未成年なんだ、おおっぴらに店で飲ませるわけにいかないだろう?」
「それは分かってるけどさ…」
なんとなく尻切れの悪い言葉を残し、プルタブを開けた。
「おめでとう、アニキ」
「ありがとう」
軽く缶をぶつけ、啓介は一気に半分ほど飲み干す。
「…なんかオレだけおいてきぼりくらったみたいで、寂しかったんだ。アニキが一気に大人になっちゃったようでさ…」
その啓介の言葉に一瞬涼介は驚いた。誕生日の時には何も言わなかったのでそのように思っていたとは考えもしなかった。
「なにもかわらないさ。酒やタバコはおおっぴらに出来るが、その分責任というものもついて来るからな…」
「そういうもん?」
「あぁ」
涼介はそう答えるとビールを傾けた。
程よく酔いが回ったのかもたれ掛かってくる重みが心地よい。
「オレもアニキと一緒に成人式したかったなー」
ぼそりと呟く啓介の髪にゆっくりと手を延ばした。
「…それじゃ俺の弟にはなれなかっただろ?」
「そっか…」
「お前が弟じゃなかったら出会ってないかもしれないし…こんなことにもならなかったかもしれないぜ?」
啓介の口元から缶が離れた隙にそっと唇を奪った。


そのあとはもうなし崩しで。
啓介がいつも以上にキスマークを付けたがるので困ったが、悪い気はしなかった。
「アニキはオレのもんだって証拠つけとく」
そういう啓介にお返しとばかりに全身に花びらを散らしてやる。
両親もいると分かっている家での声を押し殺した行為は、背徳感さえも快楽へと変わっていくのだった。


上着を着込み、前の三つボタンを締めていると、
「よく似合ってるぜ、アニキ」
と、いつの間に起きたのか啓介が声をかけてきた。
「おはよう」
「おはよ。やっぱ何度みてもいい男だな、アニキは」
エヘヘ、と笑みを浮かべて啓介がその身を起こす。
「危なくシャツで隠れないところだったぜ、跡」
わざと怒ったように言ったのに啓介は悪びれた様子もなく、
「見せ付けてやればいいじゃん」
と言った。
周りに見つかる前に、まず第一に会うであろう両親になんと言い訳するつもりだろうか。こんなついたばかりの生々しい跡を。
そんなことを考えていたのに啓介の次の言葉は何の繋がりもないもので。
「今日はどうやって会場に行くんだ?」
「…あぁ、親父に送ってもらうよ」
答えるまで少し時間がかかった。
会場で仲間と落ち合い式が終わったあと、そのまま飲みに移動することになるだろう。
帰りはバスか、タクシーか。
「じゃあオレに送らせて?」
啓介の思いもよらない提案は意外だったものの、その方法もあったのだと思い出す。
早々と免許をとった啓介はまだ自分の車こそ買ってもらえてはいないものの、時たま涼介のFCで運転の(…主に峠道だったりするが)練習をしていたりするのだった。
「いいけどぶつけるなよ?」
峠でさえ初心者とは思えないセンスでコーナーをクリアして行く啓介にはこんな当たり前の言葉なんてもはや意味がないかもしれないが。
「きをつけますぅー。じゃオレシャワー浴びてすぐ準備するから」
ベッドから下りると昨日脱ぎ散らかした中から下着とデニムだけ身につけ、そのまま廊下へ出ていった。
「ちょっとは隠そうって自覚あるのか、あいつ」
すれ違い様、胸元から肩にかけて無数に自分が付けたキスマークが目に入った。


「ここでいい」
「え、入口のロータリーまで送るぜ?」
「いや、停めてくれ」
そこまで言われれば仕方がない。
車を道路の端に寄せ、ファザードを出した。
「啓介」
「ん?」
呼ばれるままに涼介の方を見ると掠めるだけのキスが降ってきた。
「!」
「…たまには助手席に乗るのも悪くないな」
それだけいうと、シートベルトを外して涼介は車から降りようとする。
慌てて啓介は涼介のネクタイを掴み、噛み付くようにもう一度その唇にくちづけた。
「変な女にひっかかるんじゃねえぞ、アニキ」
するとこれは魔除けかなにかか。
言葉の代わりに啓介の髪をそっと撫で、車外へ出た。
軽く手を振ると、啓介も振り返し、そして前を向く。
車の途切れるのを見計らって啓介の運転するFCは通りの向こうへと消えていった。
「涼介」
少し歩くと脇道から、タイミングよく史浩が現れる。
「FCで会場に乗りつけなかったんだな」
「あぁ…悪目立ちするのも嫌だからな。それに啓介が…」
「啓介が?どうかしたのか?」
「いや、なんでもない」
涼介が言葉を切るときはあまり深くつっこまないほいがいい時だ。
史浩はそれ以上の追求をやめ、会場へ向かってもくもくと歩くのだった。


冬の渇いた空の下、車内は日差しでほんのりと温かくて、どこからか涼介の優しい匂いもした。
せっかく出たのだから勿体ない、と啓介は気ままにドライブすることに決めた。

■ end ■