Trick or treat (1)
郁篠


「とりっくおあとりーと」
元気良い声と共に、涼介の部屋の扉が開かれる。
顔を覗かせたのは、オレンジの身体のラインのわかるミニスカワンピースのような物を着た啓介だった。
緒美から昨日、
「明日まで持ってるといいことあるかも?」
なんてお菓子を渡されたのは、このせいかと、そのまま、啓介を招き入れる。
しかし、こんな格好をしなくても、啓介には自前の猫耳としっぽがあるのにと思うが、明るい色が啓介にはよく似合っている。
「とりっくおあとりーと?」
しかし、これはジャックランタンの仮装なのか?かぼちゃなら、皮を剥いて中身を美味しくいただいてもいいんだろうか…。
じっくりと眺めながらつらつらと考えていると、涼介の側まで近寄ってきた啓介がイスに腰掛ける涼介の膝に手を掛ける。
「あにき、とりっくおあとりーとだって!」
そんな位置で「悪戯かお菓子か?」などと聞かれては、どうしても、悪戯の内容の方が気になるだろう…。
「trick」
思わず口から滑り出た単語に、啓介が固まる。
「とりっく?」
どうするかと、固唾を飲んで見守る涼介に、啓介は首を傾げる。
「つぐみ、とりっくおあとりーとだって言ってたぜ?」
オレだまされた?お菓子貰えると思ったのに…そんな表情に、ハロウィンの意味は聞かされていないのだろうと、推測した。
おそらく、
「明日この服を着て涼兄に「とりっくおあとりーと」って言ったら、お菓子がもらえるんだよ」
ぐらいの説明しかしていないだろう。
だが、折角用意してもらっていた菓子は、昨日の夜の時点で、啓介の腹の中に消え去ってしまっている。
苦笑しつつ、啓介の髪を撫でると、猫の耳が気持ちよさげにぺたりとなる。
「悪いな、お菓子は持ってない」
そのまま目の上を掌で覆い、目を閉じさせる。
顎に手を掛け上を向かせて、柔らかな唇に何度か口づけを落とす。
お菓子の代わりに甘いキス…と言いたいところだが、啓介にはわからないだろうと苦笑して手を離す。
キスが終わったことがわかったのだろう、啓介の目がぱっちりと開いたと思うと、
「あにき、とりっくおあとりーと」
もう一度目を瞑り、涼介に顔を向けてくる。
かわいいカボチャのお化けのおねだりに、軽いキスを何度かその唇に落としていると、悪戯心がわいた。
今度は目を瞑っている啓介の耳元に、囁いてみる。
「trick or treat」
啓介が、くすぐったそうに首をすくめて笑い
「オレもお菓子もってないや」
そう言って、チュッと可愛い音を立ててキスを返された。

■ end ■